東大の名誉教授、安藤忠雄が入学式で、
「親離れ、子離れ」を生徒と、その親に訴えたそうな。
生徒を上回る数の父母が式に出席した背景があっての
ことらしいが、我が子が東大に入れたのなら
ぜひその晴れ姿を目にしたいと思うのが親なのではないか。
東大の入学式に出席した、
と近所の誰かに話したいだろうし、
今まで子の教育に大金をかけてきたのだから、
という自負もある。
子もせっかくだから親には来てもらいたいだろう。
だから、入学式は仕方が無いと思う。
安藤氏が意味したのも入学式云々のことでは無く、
もっと大きな意味でのそれだったのだと推測する。
自然なかたちで親離れ、
子離れというものはできないものか。
子は、ある年齢になると親からの自立心が芽生えるが、
まだ親の金銭的援助の元にいる状態ではその自立心とやらは多くの場合で
わがままになるのだと思う。
日本の社会にはいつまでもわがままな子などたくさんいるに違いない。
親も子の選択に口を多く挟む。
というのも、個人的な感覚だが
親の目を気にしている人はやはり多いと思う。
親が子の審判であり続けるから、
子はその存在を気にし続けるのではないか。
子は親から金銭の援助を長く受ける傾向があり(ワイドショーから)、
親も口を挟むのを辞めない。何と言ってもお金を出しているのだ。
だから、お互いに健全な離れが出来難い状況ではあると思う。
オランダではもちろん、宗教間や個人での違いは多くあるのだろうが、
こちらの目からすると親は子を、そして子は親を一人の人間として見ることが多いのでないか。
お金が無くても大学を卒業してから親の金銭援助を受けている人を見たことが無いし、
また子も親の人生、離婚や再婚を客観的に捉えている様にも見える。
ただ、相手を人として見るから、相手をいたわることも忘れない。
日本人の様に、連絡を取らないなどの不自然なやり方で親離れ、子離れをするのでは無く、
個人として生きることでお互いに離れを行うのは健康的なかたちだと思う。
子が親とセックスの話をしたり、親が子を彼氏、彼女とのデートに連れて行ったり
するのはそういう理由があるのではないか。
日本でも健全な親、子離れが出来易い環境になったら良いと思う。
日本は家賃が高いけれど一人暮らしは一回はするべき、
と昔誰かが言っていた。
離れてみると落ち着いて相手を見れるのではないだろうか。
親離れできたらかっこいいね。
ロッテルダムは夜景がきれいだったりします。